中学時代はジャッキー一筋、というかユンピョウとかサモハンとかも好きなので、ジャッキーたちが作り出す世界に夢中でした。
一方で、ブルース・リーもカンフー映画を語るなら忘れてはいけない存在ですが、キョンシーが私の中学時代の脳内お気に入りリストに並んでるのに、なぜかブルース・リーが不在。
映画雑誌のロードショーやスクリーンが全盛期で、淀川長治さんの「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」をみんなが知っていた時代背景もあって、将来の夢に「映画評論家」が入っていた当時の私には、香港映画ばかりでなく「映画好き」という自負がありました。
だから、映画の年間鑑賞本数百本達成を目指して手当たり次第に観ていて、その中にもちろん、カンフーオタクの必須科目、天下のブルース・リー様の映画もありました。
しかしながら、一応観たことは観た記憶があるのですが、何も記憶に残ってないくらい印象に残っていない。
なんとなく、暗めな映像の中に、地味な色合いの人たちと黄色い衣装、くらいはぼんやり覚えている。
もちろん出演者たちは激しく動いてるんですよ、戦ってますから。
だけど、走ってるバスに傘でぶら下がったり、スケボーでダンプの下くぐったり、唐辛子の粉投げつけて目つぶししたり、自転車のサドルが外れて中の棒がお尻に刺さったりしない。
中学生の私には、やっぱりわかりやすい派手な動きやアクロバティックなアクション、カメラワーク、そして甘い(?)マスクも大きな要因だったわけです。
もちろん彼らの身体能力が最大の魅力なのですが、道具を使ったりスピード感があったり、そこに加わるカメラワークとリズム感、その映像空間全てに虜になっていたんだと思います。
時は流れ、映画熱も冷めてジャッキーからもすっかり遠ざかって大人になったつい最近、ブルース・リーの映画を偶然観ることになりました。
BSかなんかで特集やってたの。
中学時代の私には彼の凄さがわからなかったけど、世のカンフーオタク先輩方があれだけ崇拝しているのだから、きっとそれだけ凄い人なんだろう、と、ジャッキーやキョンシーとは別枠で「ブルース・リー」という存在は私の心の片隅に大切に保存されていました。
なので、テレビザッピングしてたら古くて粗い映像の映画が始まって彼が登場したとき、おお、ブルース・リーじゃん、と、ちょっと特別な気持ちで見始めました。
しかもその映画はタイが舞台で、看板や張り紙がタイ語併記だったりして、タイで外こもり沈没組歴30年の私にとってはなんとも感慨深い内容。
キャストも半分タイ人なのにボイスオーバーが流ちょうな英語なのがなんかおかしくて、突っ込み入れながら楽しく見ていました。
がしかし、リー様が戦い始めた瞬間、言葉で表せないほどの衝撃が。
お子様だった中学の頃の私にはわからなかった、あの体幹、完璧を通り越した神がかった動き。
なにこれすごい。すごすぎる。
何のデコレーションもエフェクトもいらないんだわこの人は。
ストーリーさえ二の次なんだわ。
カンフーオタク先輩方はこれを崇拝してたんだわ、と半世紀近く経ってやっと理解した私。
瞬殺で恋に落ちて、ネットで生い立ちから結婚相手までつぶさに調べちゃいましたよ。
それから毎晩「ブルース・リー特集」で連続で放送してくれたので、全部録画して夢中で見ていたところ、「死亡遊戯」でなんか動きが鈍ったリー様。
どうしちゃったの、大丈夫か、リー様。
と、なんの予備知識もなく見ていたので知らなかったのですが、あれご本人じゃない方が戦ってらっしゃるシーンがあるというではないですか。
いや私ってすごくない?
リー様への愛。じゃなくて、見抜いたのよ、リー様とリー様じゃない人の動きを。
カンフーオタク先輩方にとってはたやすいことなんでしょうが、中学時代以来、長いことその界隈から離れていたこの私がですよ、わかるんですよ、違いがくっきりと。
そこでふと思ったのです。
私って視覚優位なんじゃないかと。
夫も一緒にカンフー映画見るけどそこまで敏感にわかっていない感じがする。
でもうちの父はわかる。
うちの父はその昔名を馳せた漫画家です。
それこそ視覚で生きている人だから、うまい絵や上手な動きにとても敏感。
そうじゃん、考えてみたらうちの家系じゃん視覚優位なDNA。


