前回の記事では、幼少期からスマホやパソコンに触れて育った結果、HTMLやPythonを覚えたり、CTYで学んだり、東京都教育委員会生徒表彰を受賞したりと、デジタルデバイスがもたらした成果について書きました。
では実際に、我が家ではどんなふうに使わせていたのか。
今回は、我が家のデジタルデバイスとの付き合い方について書いてみようと思います。
ゼノサワの場合、スマホを含めたデジタルデバイスに幼少期から慣れ親しんでいたことにより、世界も可能性も広がりました。
デジタルデバイスのネガティブな影響、例えばSNSがトラブルの元凶だとかいじめの巣窟になってるとか、確かに私も心配事は多々ありましたが、ふたを開けてみたら、ゼノサワの場合本人の判断で、学校のクラス全員が入っているグループラインに入らない。
クラスで一人だけグループライン入っていない。絶対入りたくないから入らない。
小学校の時は海外から転校してきてすぐだったし、クラスになじんでないからそんなこと言っているのかと思ってたのですが、中学に入ってもクラスのグループラインに入らない。
個人的にもライン交換しない(ライン自体はある)。
ぼく(ゼノサワ)に本気で連絡とりたい友達だけDiscord経由で連絡してこい、という徹底したスタンスをとっています。
そんなんで仲間外れにならないのか、クラス内の連絡事項とかわからないんじゃないのか、と心配になりますが、大事な連絡事項はDiscordでつながってる友達が教えてくれるから大丈夫、と平然としています。
そもそもゼノサワは、人付き合いそのものに対する考え方がだいぶ独特です。
ギフテッドの特性なのか何なのか知らないけど、驚くほど他人に興味がない。
教室で前後左右に座ってる人の名前も知らない、修学旅行で一緒の部屋(二人部屋)だった人の名前も知らない、挙句の果てに担任の先生の名前も知らないってどういうことよ。
右京さんが「孤独な人ではなく孤高の人」と評されているのを見て、そうか、ゼノサワもきっとそういうタイプなんだな、と思っていた。
ところが授業参観に行ってみると、友達に囲まれてそれはそれはワイワイわちゃわちゃ楽しそうで、楽しすぎて先生に「こらそこうるさい」と言われるくらい楽しそう。
孤高どころか、有象無象の先頭に立って騒いでいた。
でも帰ってきてから、「今日一緒に楽しそうに騒いでたあの子誰?」と聞くと、「知らない」。
知らないふりしてるのか答えるのめんどくさいから知らないって答えてるのかと思いきや、本当に仲の良い友達の名前は知っているし、今日新しい友達出来たよ、○○くんていうの、とか言ってちゃんと名前報告してくる日もある。
だから本当に、自分と関係ない人間は知らないらしい。
中学1年の最後に「クラスのみんなにお手紙を書こう」という課題が出たんだけど、帰ってくるなり、「やばい、3人くらいしか知らない。残り40人近く名前も顔もわからん」と言い出した。そしてかろうじて名前を知っているやつに連絡して、ひとりひとりこんな人だよ、と説明してもらうという信じらんない状況になっていた。
クラスで打ち上げあっても、行かない。本当に心の底から興味ないらしい。せっかく誘ってもらってるのに申し訳ない。
クラスラインに入ってないので、打ち上げ自体あることを知らなかったこともあるみたいだけど、興味なさ過ぎて何のダメージもなし。
そんなふうに本当に大切な数人とつながってるだけだけど、順風満帆に学校生活送っています。
母(私)なんぞ、中学ではPTAに入らないぞ、と心に決めて、入学時は「入会しない」を貫いていたのに、やっぱり他の人と違うことしている自分に不安になって、心が折れて途中で入会してしまって、やっぱりやめときゃよかったかも、ともやもやした日々を送っているというのに、そんな母(私)とは対照的に、何の迷いもなく一匹狼を貫いているゼノサワです。
なのでグループラインで仲間外れにされただの、SNSが気になって夜更かしする、などという問題とは無縁。
デジタルデバイスのほかのネガティブ要素としては、YouTubeにはまるとかありますが、ゼノサワの場合、本人が知りたい知識が集結しているもの、就学前はCountries of the world からはじまってKurzgesagtやドクターバイノックス、小学校入ったあたりからは、国境が刻々と変わっていく動画ばっかり。
何が面白いのかというと、国境が変わっていくのがぞくぞくするんだそうで、その瞬間何が起きてその国境になったか、その瞬間に少しでも違うことが起きたらこんな風に変わっていたのではないか、と妄想するのがたまらないらしい。
同時に世界史の動画、特に第二次世界大戦あたり(共に英語)ばかり見ていてどんどんその分野詳しくなっていく。
一見するとただのマニアックな趣味ですが、実際には学校で習う歴史や地理の内容に直結してるわけですよ。というか、気がつけば学校で習うレベルを超えた知識を自然に身につけている。
おまけに、その手のコンテンツは英語圏のほうが圧倒的に充実しているので、日本帰国後も相変わらず英語版しか見ない。ほっといても英語力の保持になるので、ますます止める理由がない。
もちろん視力維持のためにスマホじゃなくてパソコンですが、視力を守れればいくら見たってかまわない。
ゲームもニンテンドースイッチを母(私)が意気揚々と、もうゼノサワが幼稚園のときに早々と購入して、一緒に遊ぶ気満々でドラクエとファイナルファンタジーダウンロードしたのに、ゼノサワはちょっとやってみておしまい。砂漠で走っているやたらと強い小さなサボテンが出てきたあたりで終わってる。
マリオとかスマッシュブラザーズとか桃鉄とか、一通りやってはみたもののハマらず結局やらない。
もう何でも買っていいんだよ、と言っているのに全然興味なし。
小学生のころにSIM CITYとかシティスカイラインとかのシミュレーション系ゲームにちょっとはまっていたくらいで、結局、スイッチじゃなくてパソコンでできる英語のSP Rocket Tank(Spaceflight Simulator系)とかPolitics and WarとかHOI4(Hearts of Iron IV)とかWorldBoxとか、宇宙の仕組みを実験するUniverse Sand Boxとかばっかりやってて、母はつまんない。
しかもモッドを作るといって画面はひたすらコードが並んでいてそれでコツコツ作業していて、それが前述通りリビングのテレビに映し出されているので、まあなんてエンターテイメント性のないテレビなんでしょう。
小学校低学年でミュースコアを使って作曲していたときは、音楽教室ではまだ習っていないような音楽用語や記号までいつの間にか当たり前のように使いこなしていて、「そんなのどこで覚えたの?」と音楽教室のママ友に驚かれたりもしていました。
小学高学年になるとはBlender(英語版)で戦車を作ったり、3Dモデルを設計して動かしたりするように。
大人でもどこかで習ったり本を読んだりして覚えるようなソフトを、どんどん独学でマスターしていく。
近頃はAIもあるので、わからないことがあれば質問しながらさらにスキルを伸ばしている。AIとの会話も英語だし。
そういえば小さいときには、ロケットを打ち上げるシミュレーションゲームなんかにもはまっていました。
実際のロケットに使われるであろう部品や仕組みを組み合わせて、どうすれば打ち上げに成功するか試行錯誤するゲームなのですが、出てくる部品名や設備名が実在するものでした。
なので遊んでいるうちにロケットの各部位の名前や打ち上げに関する専門用語をどんどん覚えてしまい、私なんか聞いたこともないような言葉を使って当たり前のように説明してくるようになりました。
学校の勉強につながるかとか、将来役に立つかとか、そんなこととは別の次元で、何かに夢中になって自然に詳しくなっていくのは素敵なことだと思う。
もちろん小難しいソフトや、難解な専門用語が出てくる、親的に意識高い系のゲームばっかりというわけではなく、ゲーム実況見ていることもありますよ。
ただし、それも英語圏のもの。
別に英語のにしろと言ったわけではないのですが、帰国後も、本人の中ではまだ英語が優勢のようで、自然と英語の実況ばかりになっています。
英語を学ばせるために英語の動画を見せようと苦労しているご家庭だってあるでしょうから、勝手に見てくれて、そのうえ英語力の保持にまでつながっているのだからありがたい話です。
もちろんゲーム実況なので、若者の会話です。言葉遣いだって必ずしも模範的ではない。
だから「よくない英語を覚えちゃうから、やっぱりユーチューブなんてよくない」という人もいると思うけど、言葉って、何も教科書や論文みたいな正しい文章だけで身につけていくものでもないでしょう。
親世代だってテレビを見たり、漫画を読んだり、近所のお兄さんやおばちゃんたちの会話を聞いたりしながら言葉を覚えてきたはず。
そう考えると、英語のゲーム実況って親せきのお兄ちゃんの家に遊びに行っているようなもの。
そこで生きた英語を聞いて、よい表現も悪い表現も自然に吸収しているわけですから、私は特に問題だとは思っていません。
むしろ、悪い表現を完全にシャットアウトしてしまうほうが危険なこともあると思う。
だって知らないでちゃんとした場所で使っちゃう恐れがあるではないですか。
映画でもユーチューブでもいろんなジャンルに触れて、生きた言葉を聞くことによって、これはこういう時に使う表現、これは使ったらよくない表現、といった使い分けも自然に身につくもんだと思う。
そしてそうやってデジタルデバイスを使って知識を増やたり、新しい技術を身につけたり、自然と英語力まで維持している姿を見ていると、少なくとも我が家の場合は、「そんなものやめなさい」と言う理由が見つからない。
だから我が家では、視力を守ることと睡眠時間を削らないことだけがルール。それさえ守ればデジタルデバイスは無制限遊び放題になっています。
ちなみに、忘れちゃいけない日本語教育。
私が半ば無理やり見せていた「日本語教材」は、ダウンタウンや俺たちひょうきん族、そしてドリフ。時代も取り入れようということでサンドウィッチマン。
結局は英語圏のよくわからないゲームや動画に戻っていってしまうのですが、日本語教育のための我が家の「教材」の中では、陣内智則さんのネタ動画とゲーム実況が一番のお気に入りでした。


